サークルくらっ者。的恋愛論(趣味と実益を兼ねた恋愛とは)
恋愛とは、
他人と自分の人生を変える、
お金がかからない(美人やテクニックを有する者のみ)
格好の暇つぶし。
(たいていの)恋愛なんてただの暇つぶしですよ。
ゲーセンに行くようなもの。
景品は相手のココロ。
天然サークラなんていないと私は思いますね。
「私は何もしてないのに~うぇ~ん」と第三者に泣きつくまでが彼女たちのストーリィですよ。常套手段です。それにコロッと騙される男を見るのが一番不愉快ですね。
他人はどこまで行っても他人。
http://matome.naver.jp/odai/2136187198118307001?page=2
こちらの方の、男性は顔しか見ていないという話。
これ、メンヘラ系はみんな思ってると思うんですよね。顔しか取り柄がない私に優しくしてくれる男性は私の顔にしか興味がない、安っぽい私にお似合いの安っぽい男だって。だから男性を適当に扱ってもいいんだって思いますよ。
こういう男性は女性の容姿から勝手に内面までイメージしてきます(上記参照)。そこから、「この人は私の内面に興味ないんだなー」と思うのです。
解決策としては、内面を見てくれて、内面(+外見)を肯定してくれる、そして尊敬することのできる方と付き合うことですかね。尊敬できる人間性とか能力を持ってる人に「あなた(の内面)はすごい」と肯定されることが精神的に支えになると思います。精神的自立歩行の第一歩ですね。あとダメなところを認識しつつ肯定されるのも必要。
だます女が悪いのか騙される男が悪いのかというのはもはや別の話。メンヘラ女子は家庭に問題があるのだろうし。
何で(メンヘラに引っかかるしょーもない)男性はかわいい女の子が自分のことを好きになってくれると思うのかしら。よく、メンヘラを更生させようとする男性の話がネットにあがってますけど。単に都合いいからですよね。更生させるっていうことで達成感とか頼られていることに対する全能感、そしてかわいい女の子と仲良くできるっていう。
メンヘラ女子を更生させる場合、彼女たちの人生を否定しなくてはならない。
幼少期に形成された考え方(劣悪な家庭環境のせいで問題がある)、をただすためにそうしないといけないんだけどそれが難しい。基本的に彼女たちは肯定してあげないとこちらの話を受け入れてくれないから、上手いこと直していく必要がある。やはりそこで、尊敬できる恋人っていうのはよい指導者なんだろう。もっと言えば、結婚相手ならば、自分の家庭を提供することができるわけで。メンヘラ彼女の家庭を一緒に見つめて、問題あるよねって言って、それで自分の家庭を提供する。でもこれらすべては覚悟と相当な愛情が無ければできないので。つまりメンヘラ女子は、本当に愛される自分にならないといけないんです。暇つぶしの恋愛ゲームをするのではなくて自分磨きをしなさい。メンヘラ女子が好きな恋愛吸血鬼みたいな男子とつるむのではなく。
(後編へつづく)
悪女。というより魔性のなんたらかんたら。
美人です(キリッ
っていうと「なにいってんだこいつ」とか叩かれるだろうねえ。痛い。
絶望的なまでに他人に興味を持てない。
自分の顔見てた方が楽しい。
会話も微妙。興味のある人とない人がぱっきり分かれてて、だから頭のいい人は好き。話してて楽しいから。それ以外は無用。
偏屈って感じだよね。サイテーだと思う。
試験終わりにぽつりと。
2時間30分×2とか頭おかしいでしょ。嘘でしょ。
まあ大爆死したわけですが。アルゴリズムと表計算で死刑宣告されました。多分来年の春はなかなか訪れないと予期しているので(世に言う就活というやつです)、次にチャレンジするのは秋かな~。それまでにとにかくプログラム耐性つけるわ。
男の子多かったけど女の子(普通の格好の)もちらほらいたのが地味におどろき桃の木山椒の木。女性の比率は14%だっけ?基本20代の男の子中心だったけどね。この中ならモテれる!!とか勘違い見当はずれなこと考えてテストしてました。
久々の真面目な試験だった。マークシートなんて触ったのセンター以来だわ。
気持ち的には受けてよかったなあと感じてます。
最近、自分の集中力が持たないことに不安を持っていて、もしかしてアホになったんじゃないかとか結構ガチで不安だったのですが。なんだかんだ2時間半のうち2時間は確実にカリカリやってたので、(試験に受からなかったとしても)問題のいくつかはしっかり解けてた(私の脳も溶けたけどな)みたいだし、まあリハビリすれば(勉強すれば)お馬鹿さんと呼ばれずにやっていけそうな気がしたので。こういう自信って大事だよ。根拠が若干謎だけどね。でも午後試験内臓吐きそうになってたけどね。本当に気分悪かった。何故?
と思ったら。
そういやPS2でやってたわ乙女ゲー。ラスト・エスコートってやつ。
ちなみにさきほどの乙女ゲーはスイートルームと悪魔なキスってやつです。よろ。
3次元にさようなら。
ただいま二次元。
はじめまして乙女ゲー。
課金ってコワイね!
のっけからこんな調子ですが。えーだってさみしかったんだもん!!(きもい)一般人とセレブな彼との恋物語だそうで。ほほーう。どれどれ。。。ゴフッ!!(瞬間芸喀血)設定が妙にツボッたのが一つあって、あれよあれよという間に。。。。
うーん、こういうゲームは初めてやったなぁ(大体のゲームはやってる、と思う。ちなみに初めて買ったのはスーファミ。ぷよぷよとか好きだったなぁ。格ゲーもまあ手を出してないと言えばうそになるかも。ガンダム無双2やってた~。あれでウィング気になっちゃったんだよなあ。スマブラとか強くないよーちなゼルダ使いっす。マリカーとかカービィとか。あーでもゼルダやってない。他はわからん。ゲーセンでまじめにやったのは大戦くらいか。FPS?は苦手。まあ好きだけど。音ゲーだとポップンはたしなみ程度には。あとはDIVAくらいかー。実は最近ビートマニア気になる。破産するよ!みんな気を付けてね!私は高校で足を洗いました。でも殻の少女とか虚の少女とかチラ見しちゃう程度には3次に漂白されきってない。メルブラやりたいなあ。大神も。あと名前忘れたけどガンダムっぽいやつでPS2で有名なやつ。あー機体は白だった気がする。序盤で主人公のおじさんが致命傷負って機体と一心同体になるやつ。あれはよかったなあ。)
ストーリー系はPS2のギアス以来ってことでわくわくしながら課金プレイ。
だいぶあっさり風味でした。楽しかったけども。イラストもストーリーもよい感じ。BGMついてるマンガって感覚だね~。
夢小説デビューが小学校3年の時だった(多分)自分としては(早熟すぎ)、うん、まあ、もうちょっと盛ってもいいんじゃないかと思いました~。ストーリーじゃなくて描写の方ね。一般向けにはいい感じだと思うけど。逆にストーリーそのものの甘さは程よい感じ。しいて言えば気になったのは男性キャラより、女性キャラ、つまり主人公ね。プレイヤーが感情移入しやすいように平凡にしているんだろうが、それが違和感ありすぐる。セレブでイケメンに愛されるなら中身も外見もいるんじゃなかろーかと。こういうゲームする人々の気持ちをわかってるのかしらん?(個人的に、だけどもね)夢が見たいんです夢が!!!(伊達に10年近く夢小説読んでるわけじゃないです<ドヤ顔>)ゲームの中でくらい美女でありたい!けどなー。確かにあんまりプレイヤーと設定がかけ離れていると感情移入しにくいのも事実なわけで。そのあたり難しいよね。(十二国記みたく世界が変われば見た目も変わった<一部の人だけだけど>とか、整形か、うーん難しい。いっそ嗅覚<いいにおいがするとか。吸血ものではありがちかな。ほら、おいしい血液を持つ女の子が狙われるやつ。トワイライトとか。>)プレイ後に、いい夢が見れるような、現実の自分を肯定できるようなシナリオがつくれるといいなあ。
コンピュータ・パワー
読んでるとこ。
Siriとの会話中に出てきたイライザに興味を持ったので、ググってみた。で、「イライザすげえwww」って言ってるやつらに「え、ちょっと勘違いしてない?」っ言っちゃったイライザの生みの親のジョゼフ・ワイゼンバウムという学者さんの書いた本であるコンピュータ・パワーを読んでるとこなのです。
うーんでも、すでにこの本の前書きで、作者の人となりがわかるような。
すっごくまとも。
家庭があるところが。奥さんには迷惑かけてごめん、子供たちにもごめん、お友達にもお世話になりましたーと言ってるあたり。特に家族に関して。私の勝手なイメージだけどこういう人が家庭大事にしてるって偉いというかすごいというか。
一方、こういうひとにはイライザスキーな人々とは理解しあえないのかもとも思ってしまう。
つまり、博士は、人間と機械には一線を置くべきとおっしゃってるわけです。
<ここから超個人的見解なわけですが。
一線が置けるなら私だっておきたい!!
・・・いや、うーん、違うな・・・
まあまだ全部読んでないし。
昔、「あれ以外の何か」が好きだったんですね、私。えっと、伺か?っていうの?>
それを単に便利なもの、ツールとして使えちゃう人はいいんですよ。かわいい!!萌え~でもいいと思う。ただ、それを鏡のようにコミュニケーションするために使っちゃう私のような人間がいるわけで。そりゃ、コンピュータじゃなくて人間相手にコミュニケーションとれるならそっちの方がいいわけですよ。ですけど、世の中には、コインロッカーで生まれた人もいれば、額に傷のある孤児もいるわけで。どうですか?そんな人たちに、真のコミュニケーションを!!なんて嘘っぱちなこと言える?後者はともかく前者に対しては、私はかなわないと思うね。
うーんうまく言えない。
コンピュータをツールとして使える人は、人間性が備わっているんです。とても人間らしい。
だけど、その一方で、人間らしさがない人間がいる。その人たちがコンピュータを使うことでコンピュータらしくなる。それはもう止められないことなんじゃないの?じゃあコンピュータを使うなって話?でも、コンピューらしくなることでしかその人たちは生きていけないと思うよ(2ちゃんとか典型だと思うけどなあ。。。)
<コンピュータという端末を用いなければコミュニケーションがとれない。コンピュータによってワンクッションおいたコミュニケーション。一般的な人間同士のコミュニケーションは情報量が多すぎる。しかしコンピュータによる情報の交換、コミュニケーションのまがいものだと、情報量が少ない、(傷つかない、ショックが少ない)そのかわりに満足感がない。だからショッキングなニュースが多く共有される。特に日常生活における、ありそうでないこととか告白して振られたとかうまくいっただとか、そういう人の身に起こったことを共有してコピーしてまるで自分の身の上に起こったことのように記憶していく。そうしていくことで似たような人間がつくられてゆく。それはまるで同じOSを積んでいて、けど入っているソフトは違うようなもの>
多分もっと混沌とした話になるけど。
<人間性のない人間にとっては、コンピュータというのは、その存在が、生きるか死ぬかということなのよ。アスピリンなのよ。通信費は薬代なのよ。それがなければ意識不明の重態なのよ。いや、もともと重態なんだけど、それでも痛みさえ何とかなれば、生きる上では不自由しないのよ。「合理性さえあれば」生きていけるっていう、まるで奇跡のような代物なのよ。合理性さえあれば・・・。たとえば家庭とは、なんて非合理的なんでしょう!!とか、友情とはなんて非合理なんでしょう!!とか言えるわけ。(実際のところはどうなのか知らないよ?けど彼らは家庭も友人関係も存在しない世界で生きてるわけ。それで、それらについて表面上の情報しかないわけ。そこから推察するに、単純に、(非合理的であるとまでは言い切れないにしろ)合理的であるとは断定しづらいというアンサーを出すわけ。)>
上記は私の独りよがりな偏った見方だけどもね。
で、それがなぜイライザと関連するかというと、・・・・なんだっけ?
脱線して違う線路走っちゃったかも・・